東洋医学では、脾は「運化」「昇清」「統血」を司るといいます。
脾とは、西洋医学的には消化機能全般的な働きとイメージすれば分かりやすいと思います。
運化とは、食物から栄養分(水穀の精微)を取り込むことです。
昇清とは、取り込んだ水穀の精微から水穀の気と津液を上焦の肺に上げる機能です。
統血とは、血が血管から漏れるのを防ぐ機能です。そのため脾が不調になると出血しやすくなります。
脾が失調すると、気虚を中心とした証として、食欲不振や下痢、吐気、倦怠感、無気力感、抑うつ状態、息切れ、めまい、むくみなどの症状が現れやすくなります。
気虚がさらに進行すると、手足や腹部の冷えなどを伴う陽虚となります。
このような症状の多くは、西洋医学的に見ると自律神経系の乱れや神経伝達の異常が原因であると思われます。
胃腸症状が起こるのは、消化管の運動や消化液の分泌を自律神経がコントロールしているからです。
ストレスを受けると交感神経が優位になり消化管の運動や消化液の分泌が抑制されるので、食欲不振、消化不良胃もたれなどの胃腸症状が出やすくなります。
めまいの原因の一つであるメニエール病は、内耳にリンパ液が溜まる内リンパ水腫によるものです。
水が溜まる原因は完全には明らかになっていませんが、自律神経系が関与している可能性も指摘されています。
疲労感は、自律神経の疲労を前頭葉の眼窩前頭野が感知することで起こるというメカニズムが近年の研究で明らかにされています。
抑うつ状態や無気力感などは、脳内の神経伝達がスムーズに行われないことが原因の一つです。
こうした自律神経の乱れや神経伝達障害の多くは、ストレスや不規則な生活リズムだと考えられますが、他にも食事が原因となっている場合があります。
ある栄養素が不足すると神経伝達がスムーズに行われなくなり、あるときは自律神経の機能が低下し、またあるときは脳内の神経伝達に支障をきたすため、上記のような症状が起こると考えられます。
今回は、水穀の精微を取り込む「運化」の失調による脾気虚を、栄養不足により神経伝達に支障をきたすことで引き起こされる様々な症状と見なして説明していきます。

 

欠乏症による神経障害

ある種のビタミン不足は、欠乏症を引き起こすことが知られています。
ビタミンB1は、欠乏すると脚気という末梢神経障害や心不全の症状を呈することがあります。
脚気は、初期には食欲不振や疲労感、倦怠感などの症状が現れ、重症化すると、むくみや動悸、息切れ、感覚麻痺などの症状が現れることがあります。
ビタミンB1は、生体内において糖質の代謝に関わっています。
細胞内に入ったブドウ糖は、まず細胞質で解糖系という代謝経路においてピルビン酸(または乳酸)という物質に変換されます。
このときエネルギー分子であるATP(アデノシン三リン酸)が、ブドウ糖1分子に対して2分子産生されます。
解糖系の最終代謝物であるピルビン酸は、ミトコンドリア内に入りピルベートデヒドロゲナーゼという酵素の働きによって、CoA(コエンザイムA)と結合し、アセチルCoAという物質に変換されます。
このとき補酵素として働くのがチアミンピロリン酸という物質で、これはビタミンB1が体内で変換されたものです。
アセチルCoAは、オキサロ酢酸と反応しクエン酸となり、クエン酸回路においてATP2分子を生じる他、NADHやFADH₂なども生じます。
クエン酸回路で生じたNADHとFADH₂は、ミトコンドリア内膜の電子伝達系において電子が取り出され、34分子のATPを生じます。
以上のように、解糖系→クエン酸回路→電子伝達系という経路を経て、1分子のブドウ糖から合計38分子のATPが作られます。
神経細胞は、ブドウ糖を栄養源としていますから、ビタミンB1が欠乏すると糖質の代謝が十分に行われないことによって正常な神経伝達ができず、上記の欠乏症を呈すると考えられます。

ビタミンB12は、欠乏するとしびれや痛みなどの末梢神経障害や、脱力、麻痺、感覚障害などの脊髄障害を呈することが知られています。
医薬品のビタミンB12製剤であるメコバラミンは、末梢性神経障害の効能効果があるとされており、医療の現場で使用されています。
ビタミンB12の欠乏は他に、記憶障害、うつ状態などの脳神経症状や、食欲不振、排尿障害、便秘などの自律神経症状を呈することもあります。
これらの症状が発症するメカニズムは十分に明らかにされてはいませんが、ビタミンB12がメチオニン代謝に関与していることが一因と考えられます。
ビタミンB12はコバルトを含むビタミンの総称で、アデノシルコバラミン、メチルコバラミン、スルフィトコバラミン、ヒドロキシコバラミン、シアノコバラミンがあります。生体内では、メチルコバラミンやアデノシルコバラミンに変換され各種代謝に関わる補酵素として働きます。
メチルコバラミンは、ホモシステインという物質にメチル基を転移し、メチオニンというアミノ酸を合成します。
(ホモシステインは、システインやメチオニンなどのアミノ酸が合成されるときの中間代謝物です。)
さらにメチオニンは S-アデノシルメチオニンとなりミエリン鞘(髄鞘)にメチル基を供与します。
ミエリン鞘は、神経細胞の軸索を覆う絶縁体のようなものです。
髄鞘は軸索全体を覆っているのではなく、ランビエ絞輪という覆われていない部分があり、神経の興奮は絞輪から絞輪へと伝えられます。
ビタミンB12が不足すると、ミエリン鞘の合成に支障をきたし、神経繊維が露出するため、神経伝達障害が引き起こされると考えられます。
神経伝達障害のメカニズムは他にも、中間代謝産物である有毒性のホモシステインが蓄積することによるという説もあります。
生体内で働くもう一つのビタミンB12であるアデノシルコバラミンは、メチルマロニルCoAムターゼによりメチルマロニルCoAからスクシニルCoAへの変換を触媒します。
アデノシルコバラミンが不足するとメチルマロニルCoAが増加し、その代謝物であるメチルマロン酸が増加するため、これが神経伝達障害の原因になっているという説もあります。

 

電気信号の主役となる栄養素

神経細胞における情報伝達は、軸索を活動電位(電気信号)として伝わり、シナプスで神経伝達物質(化学信号)に変換されるとシナプス小胞から放出されて、シナプス間隙(シナプスとニューロンの間の隙間)を伝わります。
通常、神経細胞の細胞膜は約-70mVに保たれていますが(静止膜電位)、細胞体の樹状突起で信号を受け取るとナトリウムイオンの膜透過性が上昇し、細胞内に流入するので、膜電位がわずかにプラスに傾きます(脱分極)。
脱分極がある閾値を超えるとカリウムチャネルが閉じて、ナトリウムチャネルが開き、ナトリウムイオンが細胞内に流入します。
細胞内の電位が+30mⅤに達するとナトリウムチャネルが閉じ、カリウムチャネルが開き、カリウムイオンが細胞外へ流出し、細胞内の電位は再び静止電位まで戻ります(再分極)。
活動電位が、軸索を通りシナプス前終末に到達すると、膜電位が脱分極し、電位依存性のカルシウムチャネルが開き、カルシウムイオンがシナプス前終末内に流入します。
カルシウムイオンは、シナプス小胞膜に結合し、シナプス小胞が破れると、内部の神経伝達物質がシナプス間隙に放出されます。
シナプス間隙を通り、次のニューロンの樹状突起の受容体に神経伝達物質が結合すると、ナトリウムチャネルが開きます。
神経伝達はこのように行われ、ナトリウム、カリウム、カルシウムはその中心的役割を担っています。
そのため、これらの栄養素が不足したり過剰になったりするなどすると、神経伝達が正常に行われなくなります。
日本人は、ナトリウムが過剰傾向に、カリウムやカルシウムは不足傾向にあるといわれています。
ナトリウムとカリウムについては、摂取する比率をバランスよく保つ必要がありますが、濃い味付けや野菜不足の食習慣を送っていると、ナトリウムがカリウムに対して過剰になります。
カルシウムは、99%は骨などに存在し、残りの1%が血中に存在します。カルシウムが不足すると、骨に含まれるカルシウムが血中に溶解します。細胞内外の濃度差は、通常細胞外:細胞内=1万:1に保たれていますが、細胞外の濃度が増えると、細胞内にも流入し、細胞内のカルシウムが増え、神経細胞の働きが低下します。
マグネシウムは、このカルシウム濃度を調整しているので、これも重要な栄養素です。
カルシウムとマグネシウムの摂取比率は2:1が良いといわれてきましたが、1~1.5:1程度が望ましいという説もあります。
マグネシウムはこの他の働きとして、興奮性グルタミン酸神経のNMDA受容体に結合し、神経の興奮を鎮めるので、不足すると精神が不安定になります。
また、セロトニンがトリプトファンに分解される際の補因子として働きます。そのため過剰になると、セロトニンの不足を招き、この場合も精神が不安定になります。
リンは、カルシウムの吸収を阻害します。そのためリンが過剰になるとカルシウムが不足し、上記のメカニズムによって神経伝達異常を引き起こします。

 

化学信号(脳内神経伝達物質)の原料となる栄養素

脳内の神経伝達は、興奮系の神経と抑制系の神経のバランスによって保たれています。
興奮系の伝達物質には、ドーパミンやノルアドレナリンなどがあります。
抑制系の伝達物質には、セロトニンやGABAなどがあります。
これらの物質が脳内においてバランスを崩すと、脳の機能が低下したり、精神が不安定になったりします。

ドーパミンやノルアドレナリンの原料は、Lフェニルアラニンです。
Lフェニルアラニンは、葉酸とナイアシン、鉄の働きにより、Lチロシン→Lドーパと変換されます。
LドーパはビタミンB6の働きによって、ドーパミンになります。
ドーパミンは、ビタミンCと銅によってノルアドレナリンに変換されます。

セロトニンの原料は、トリプトファンです。
トリプトファンは、葉酸とナイアシン、鉄の働きにより、5HTP(5ヒドロキシトリプトファン)に変換されます。
5HTPは、ビタミンB6の働きによって、セロトニンになります。
セロトニンは、マグネシウムによってメラトニンに変換されます。
メラトニンは、睡眠に必要な神経伝達物質です。

GABAの原料は、Lグルタミンです。
Lグルタミンは、ナイアシンの働きによって、Lグルタミン酸になります。
Lグルタミン酸は、ビタミンB6の働きによって、GABAになります。

以上のように、脳内神経伝達物質は、アミノ酸を原料として、ビタミンB6や葉酸、ナイアシン、鉄などの働きによって合成されるので、これらの栄養素が不足すると、神経伝達物質が十分に作られなくなります。

 

 

情報伝達における通路となる細胞膜

脂質は取り過ぎると、肥満になったり、コレステロールや中性脂肪が上昇する原因になりますが、一方で生体膜の構成成分になるという重要な役割も持っています。
神経細胞における情報伝達は、信号が細胞膜を通過することによって正常に機能します。
そのため細胞膜が正常に作られなければ、情報伝達がスムーズに行われなくなります。

レシチン(ホスファチジルコリン)は、脂質二重層を形成し細胞膜の主要な構成成分となります。
レシチンはその他、情報伝達物質であるアセチルコリンや、神経細胞のミエリン鞘(髄鞘)の材料にもなっています。
アセチルコリンはコリンとアセチルCoAから合成され、コリンはレシチンから合成されます。

主に魚の油に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)は、神経細胞の膜をやわらかくして脳の機能を正常に保つといわれています。
DHAは、脳内神経細胞の膜に多く含まれ、また神経樹状突起の形成にも関与しているそうです。

 

抗酸化作用を持つ栄養素

酸素は生命活動を営む上で必須ですが、呼吸によって取り入れた酸素の一部は活性酸素に変化し、細胞を傷つけます。
活性酸素が生活習慣病やがんの発症に関わっていることはよく知られていますが、神経伝達にも影響を及ぼします。
活性酸素が神経細胞を損傷すると、正常な神経伝達ができなくなるからです。
活性酸素には、スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカル、一重項酸素があります。
スーパーオキシドはミトコンドリア内で発生し、SOD(スーパーオキシドディスムターゼ)という酵素によって、過酸化水素に変化します。
SODは、銅、亜鉛、マンガン、鉄などの微量元素から構成されているため、これらが不足するとSODの産生量が少なくなります。また40歳を過ぎると産生量が減少するといわれています。
過酸化水素は細胞膜を通過し、ミトコンドリアの外へ流出します。
過酸化水素はSODやカタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなどの酵素によりヒドロキシラジカルに変化します。
ヒドロキシラジカルは、短時間で消失しますが、細胞を傷つける最も強力な活性酸素だといわれています。
ヒドロキシラジカルを消去する物質としては、グルタチオン、β-カロチン、ビタミンE、ビタミンCなどがあります。
グルタチオンは肝臓やその他の細胞でも作られるため、ほとんどの細胞に存在しています。グルタミン酸、システイン、グリシンという3つのアミノ酸からなっているので、タンパク質の摂取が少ないと不足する可能性があります。
またビタミンB2やパントテン酸も必要になります。
β-カロチンは、体内でビタミンAに変換され、皮膚や粘膜の正常化、成長促進、生殖機能、視覚神経などに関係していることはよく知られていますが、単独でも有用な働きを示すことが分かっています。
β-カロチンには、活性酸素のうち一重項酸素を消去する作用があります。
一重項酸素は紫外線に当たると発生するため、皮膚や眼などは特に影響を受けやすい部位です。
しわやたるみ、老人性白内障や加齢性黄斑変性症の原因となります。
ビタミンEは細胞膜の不飽和脂肪酸が酸化されて過酸化脂質に変わるのを防ぐため、細胞や血管の老化を予防します。
ビタミンCは水溶性で、血中やさまざまな組織に分布していますが、特に脳下垂体、副腎、水晶体にたくさん存在します。
多くの哺乳類はビタミンCを体内で合成することができますが、人間には合成に必要な酵素がないので、食事から補う必要があります。
ビタミンCは、野菜や果物に多く含まれているので、偏った食生活をしていると不足がちになります。
またビタミンCは、一気に大量にとっても、尿と一緒に排泄されてしまうため、こまめに摂取する必要があります。
ビタミンCは、一度使われたグルタチオンやビタミンE、β-カロチンを還元しリサイクルする働きもあります。

抗酸化作用をもつ物質としては、ファイトケミカルと呼ばれるものもあります。
ファイトケミカルは植物に含まれる機能性成分で、必須栄養素ではありませんが、免疫力向上作用や抗がん作用、コレステロール低下作用など身体に有用な働きをする物質として注目されています。
代表的なものとして、フラボノイド系(ポリフェノール)のアントシアニン・イソフラボン・カテキン、カロチノイド系のα-カロチン・β-カロチン・リコピン・ルテイン、含硫化合物のイソチオシアネートなどがあります。

通常生体内では、これまで見てきたような抗酸化メカニズムが働き、活性酸素によるからだのサビを防いでいます。
しかし、紫外線やタバコ、薬物、ストレス、睡眠不足、バランスを欠く食事などの様々な要因によって、活性酸素の産生量が増加すると、抗酸化メカニズムによる防御機構が追い付かず、身体が酸化していきます。
したがって、酸化ストレスの原因を極力排除し、抗酸化作用をもつ食材を積極的に取り入れることが重要です。

参考文献
梶本修身(2016)『すべての疲労は脳が原因』(集英社新書)