季節の病気「食欲の秋」

●食欲の秋
食欲の秋といわれますが、その由来は、「旬の食材が多い」ことや、「冬眠に備えて脂肪を貯える」といった動物としての本能であるなど、諸説あるようです。
食欲は言うまでもなく人が生きていくため、さらには人類が維持・繁栄していくために必要な根本的な本能であるといえます。
しかし近年増加している糖尿病や脂質異常症(高脂血症)をはじめとした生活習慣病といわれる疾患は、過食による栄養過多が主な原因であり、根底には食欲のコントロールの難しさがあるといえます。

●食欲のメカニズム
食欲は体のエネルギー不足を脳が感知するところから始まります。
感知される主な物質としては、レプチンやグルコース(ブドウ糖)などがあります。
レプチンとは、脂肪細胞から分泌される生理活性物質です。
レプチンを欠損したマウスでは、栄養過多であっても脳が飢餓状態と感じていることが実験で確認されています。
レプチンは主に長期の食欲を、グルコースは短期の食欲を制御するといわれています。
レプチンやグルコースは、視床下部の弓状核という部位に作用し、食欲を亢進させるニューロン(神経細胞)を抑制し、食欲を減少させるニューロンを活性化します。
弓状核で感知した情報は、同じ視床下部内の外側野に伝わり、複数の二次ニューロンを介して、報酬系に関わる側坐核に伝わります。
二次ニューロンとしては、MCH作動性ニューロンやQRFP作動性ニューロン、オレキシン作動性ニューロンなどがあります。
MCH作動性ニューロンやQRFP作動性ニューロンは、直接側坐核に伝わります。オレキシン作動性ニューロンは、中脳の腹側被蓋野に作用し、ドーパミン作動性ニューロンを介して側坐核に伝わります。
外側野は、これら弓状核からの情報だけでなく、感情に関わる大脳辺縁系などからもの情報も受け取ります。
外側野では、これらの情報を統合して報酬系に送ります。
報酬系は何かの行動をした結果、より好ましい状態になったことを実感したときに活性化し、その行動がより強化されるようになります。
しかし、一方でこのドーパミンによる快感は、麻薬や覚せい剤のような薬物への依存症を引き起こすこともあります。
依存性の薬物は連用すると、同じ量を摂取しても快感の度合いが次第に小さくなっていきます。
そのため、さらに多量の薬物を欲するようになります。
薬物の使用をやめたり、量を減らしたりすると、ドーパミン神経系の働きが低下し、不眠、過眠、抑うつ、不安、焦燥、幻覚、妄想、といった禁断症状が現れます。

●糖質の取り過ぎによる弊害
ドーパミンによる快感や禁断症状は、薬物だけでなく糖質や甘味成分についても同じように起こります。
ラットを用いた実験では、薬物よりも甘味成分の方が報酬系を強く刺激したという結果も報告されています。
現代の日本の多くの家庭では、精製された白米や白パンなどが主食とされ、またインスタントラーメンやお菓子、炭酸飲料などのように糖質を多く含む食品も安価で手に入るので、ラットの実験のように報酬系が強く刺激される食生活に陥りやすい環境の中にいるといえるでしょう。
特に、低所得の人ほど炭水化物を多く摂取する傾向があり、肥満や糖尿病が多いというデータもあります。
したがって、「生活習慣病は、食生活の乱れによるものだ。」というような自己責任論では済まされない側面もあるでしょう。
しかしそうは言っても、誰も健康を保障してくれるわけではありませんので、やはり自分の健康は自分で守るしかないのが現実です。

 

季節の漢方「肥満」

日本では、「防風通聖散」という漢方薬が、肥満の解消やダイエットを目的として広く使われているようですが、それは本来の正しい使い方ではありません。
漢方薬メーカーであるツムラの添付文書には、次のように適応症が記載されています。
「体力充実して、腹部に皮下脂肪が多く、便秘がちなものの次の諸症:高血圧や肥満に伴う動悸・肩こり・のぼせ・むくみ・便秘、蓄膿症(副鼻腔炎)、湿疹・皮膚炎、ふきでもの(にきび)、肥満症」。
文中に「腹部に皮下脂肪が多く」や「肥満症」などの単語が入っていることから、肥満に効くものと都合よく解釈してしまいそうですが、しかし全体をよく見ればわかるように、肥満に加えて何らかの健康障害がある(若しくはその危険がある)ことが前提です。
現代の医学では、単に脂肪が多い状態としての肥満と治療の対象となる肥満症を区別しています。
日本肥満学会は、BMIが25以上で、肥満による11種の健康障害が1つ以上あるか、健康障害を起こしやすい内臓脂肪蓄積がある状態を、肥満症と呼び減量による医学的治療の対象としています。
さらにBMIが35以上の場合は、高度肥満症とされます。
このように「健康障害がある」ということが肥満症の治療の対象になります。
肥満症に対する治療薬としては「サノレックス」がありますが、適用となるのは「あらかじめ適用した食事療法及び運動療法の効果が不十分な高度肥満症(肥満度が+70%以上又はBMIが35以上)における食事療法及び運動療法の補助」と高度肥満症に限られています。
肥満そのものに対して安易に薬を使わなかったことは昔も同じだったと思われます。
ほとんどの時代において、一般庶民は満腹になるまで食べられたわけではなく、農業などの肉体労働が中心だったので、肥満の人はそれほど多くなかったと考えられます。
むしろ権力者や金持ちの象徴だったのではないでしょうか。
また現代では、高齢になるほど生活習慣病のリスクが高くなりますが、昔はその年齢まで生きていることが稀だったので、肥満が健康に悪いという認識はなかったのかもしれません。
いずれにしても、そのような時代に、肥満の解消やダイエットを目的とした薬物治療などなかったということは、想像に難しくありません。
薬を使用するからには、何らかの健康障害があることが前提で、それを正しく見極めることが必要です。
東洋医学では「証」という概念があり、現代でいう「症状」や「体質」などを包括した概念です。
証は「実証」と「虚証」に分けられます。
体力がなく、抵抗力も弱い人は虚証、反対に体力があり、抵抗力の強い人は実証となります。(これとは別の考え方もありますが)
防風通聖散の証は「体力が充実して・・・」という記載があるように「実証」の方です。
この方剤は、中国金・元時代の劉完素(りゅうかんそ)が著した「宣明論(せんめいろん)に掲載されています。
劉完素は自然界の邪気である六淫はすべて火熱邪に変化するという「火熱論(かねつろん)」を提唱し、治療には多くの寒涼の性質をもつ薬草を使用しました。
防風通聖散は、防風、荊芥、連翹、麻黄、薄荷、川芎、当帰、芍薬、白朮、山梔子、大黄、芒硝、石膏、黄芩、桔梗、甘草、滑石、生姜の18種の生薬から構成されています。
防風、荊芥、麻黄、薄荷は、体表の邪気を汗とともに発散させ、大黄、芒硝、山梔子、滑石、石膏、黄芩、連翹、桔梗は、体内に溜まった熱を取り除きます。
各生薬のこうした働きによって、悪寒や発熱などの表寒や表熱の症状と、腹部膨満感や便秘などの裏熱の症状を治療することから、表裏双解剤と呼ばれています。
したがって、使用する際はこのような証(症状)が現れていることを確認することが必要です。
しかし実際には、市販されている防風通聖散が、こうした証を考慮することなく、肥満の解消やダイエットの目的というだけで使用されるケースが多いように思えます。
正しい使い方をしなければ、効果がないばかりでなく副作用の恐れがあることは、漢方薬も例外ではありません。

 

参考文献

ツムラホームページ
辰巳洋(2014)『実用中医学』(源草社)
平馬直樹・浅川要・辰巳洋監修(2014)『東洋医学の教科書』(ナツメ社)
櫻井武(2012)『食欲の科学』(講談社)