季節の病気

 

●乾燥肌の遺伝的要因

乾燥肌の遺伝的要因の一つとして、フィラグリン遺伝子の異常があります。
皮膚の角質層には、フィラグリンタンパクというタンパク質があり、角層細胞の中のケラチン線維を凝集させてバリア機能を高めています。
さらにフィラグリンタンパクは分解されると天然保湿因子となり、皮膚の水分保持に働きます。
このフィラグリン遺伝子の変異により、皮膚のバリア機能や水分保持機能が低下し、皮膚が乾燥しやすい体質となります。
日本人のアトピー性皮膚炎患者の1~2割がこの遺伝子の変異を持っていると言われています。
遺伝的要因としては、他にセラミドという脂質の代謝異常によるものなどがあります。

●かゆみのメカニズム

【末梢性のかゆみ】
皮膚のバリア機能が破壊されると、プロスタグランジンE2や、インターロイキン2、TNF-αなどの炎症性サイトカインが遊離します。
プロスタグランジンE2は、ヒスタミンなどの伝達物質を放出させます。
ヒスタミンが受容体に結合すると、感覚神経のC繊維を伝達して、次に脊髄後根から二次ニューロンを伝達して、視床に伝わります。
さらに視床で三次ニューロンに伝達され、大脳皮質の頭頂葉でかゆみを感知します。
インターロイキン2やTNF-αは炎症を引き起こすので、皮膚の症状はさらに悪化します。

【中枢性のかゆみ】
中枢性のかゆみは皮膚に異常がないにもかかわらず生じるかゆみです。
脳が生み出したかゆみです。
透析や黄疸、糖尿病などの疾患に罹ると中枢性のかゆみを生じやすくなります。
これは、脳内にエンドルフィン(モルヒネ様物質)という物質が増加するからです。
鎮痛剤として使用されているモルヒネの副作用でかゆみが引き起こされるのもこのメカニズムによると考えられます。
また、むずむず脚症候群と呼ばれる「レストレスレックス症候群(RLS)」は、中枢におけるドーパミン神経の障害が原因の一つであると考えられています。
このかゆみはストレスによってさらに増強されます。

●かゆみが慢性化するメカニズム

かゆみが慢性化するメカニズムとしては、次のようなものがあります。
①軸索反射:C線維を上行する活動電位は、軸索が分岐する部分から逆行性に軸索を下行し、末梢終末からサブスタンスPやCGRPを遊離し、炎症が増幅されます。
つまり、かゆみが伝達する過程で、炎症を増幅させ、さらにかゆみを助長するというシステムが働いているのです。
②報酬系の活性化:掻くことで報酬系といわれる中脳や線条体が活性化し、ドーパミンが放出されます。
つまり掻くことに心地良さを感じ、さらに掻きたいという欲求が高まるのです。
③神経成長因子(NGF):通常は真皮までしか届いていない神経末端が表皮内まで伸びることによって、かゆみへの感度が高まります。

●かゆみを抑えるために

乾燥から皮膚を守り、かゆみをできるだけ軽減するためには、まず保湿によって皮膚のバリア機能を保つことが重要です。
こうすることで外部からの刺激を受けにくくすることができます。
そして掻かないことです。
せっかく保湿しても掻くことで皮膚の角質層を損傷してしまいます。
次に中枢性のかゆみを抑えるために、日常生活におけるストレスを軽減することも重要です。
どうしてもかゆみが治まらない場合は、薬の使用も選択肢の一つとなります。
ただ外用ステロイド剤は一時的にかゆみや炎症を抑えるのには効果がありますが、皮膚のバリア機能を低下させるため、使い方によってはかえって悪化する恐れがあるため注意が必要です。
このようにして「保湿」と「掻かない」ことを最優先します。
表皮まで伸びた神経線維が真皮まで戻れば、かゆみは軽減していくでしょう。

 

季節の漢方「燥邪と乾燥肌」

秋から冬にかけて乾燥する季節になりますが、東洋医学では自然界における燥邪の働きが活発になると考えられています。
燥邪は、風・寒・暑・湿・燥・熱(火)の六気のうち燥気が人の健康を害するほどに活発になったものです。
また夏の燥邪が燥熱の邪気であるのに対して秋冬の燥邪は涼燥の邪気です。
燥邪は肺から侵入します。
身体は燥邪に侵されないように肺の宣発機能を高め、衛気を活発にして、全身に血や津液をめぐらします。
こうすることによって鼻・口・喉の粘膜や皮膚の潤いを保っています。
しかし、燥邪があまりにも強い場合、肺の機能は低下し、肺気不宣となり、衛気の働きも低下し、肌表に血や津液が巡らなくなり、皮膚が乾燥します。
肺気不宣では、皮膚の乾燥の他、口や鼻、喉の乾燥や咳などの症状も引き起こします。
このような外邪による燥症を外燥といいます。
これに対して、内因による燥証を内燥といいます。
内燥は主に血虚が原因と考えられています。
皮膚の保湿に不可欠な天然保湿因子やセラミドなどが不足した状態は、血虚と見なすことができます。
乾燥の原因としては、燥邪の他に風邪(ふうじゃ)があります。
「風は百病の長なり」といって、風邪は風寒邪、風熱邪、風湿邪、風燥邪などのように他の外邪と一緒に侵入する性質があります。
また「風は善くめぐり、しばしば変ず」といって病変は変化しやすいという特徴があります。
つまり皮膚病ではかゆみが現れやすくなります。
燥邪と風邪を同時に感受することで、症状はより悪化しやすくなります。
症状が軽く済むか、悪化するかは、その年の気候変化にもよります。
今年は壬寅(みずのえとら)年の木運太過です。木は風を司るので、風気が流行する年となります。
また一年の後半の特徴を示す在泉が厥陰風木(けっちんふうもく)であることからも、秋から冬にかけて、風気が盛んになることが分かります。
さらに気候変動の程度については、年干の壬と年支の寅が共に陽に属し、また歳運の木運太過と在泉の厥陰風木が共に木気であるので、これを同天符といい、気候の異常が激しくなるので、皮膚病に限らず様々な病気を発症しやすくなります。
皮膚の乾燥やかゆみに対する漢方薬の代表的なものとして、当帰飲子(とうきいんし)があります。
当帰飲子は、血を補う四物湯(しもつとう)をベースに作られた薬です。
当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、地黄(じおう)、蒺藜子(しつりし)、防風(ぼうふう)、荊芥(けいがい)、黄耆(おうぎ)、何首鳥(かしゅう)、甘草(かんぞう)の10種類の生薬を含みます。
四物湯に含まれる当帰、芍薬、川芎、地黄の4つの生薬と何首烏は補血作用により、皮膚の血行を促進します。
蒺藜子は鎮痒作用を持ちます。防風、荆芥は、清熱・虚風作用により痒みを和らげます。
黄耆と甘草は補気作用により補血作用を補います。
清熱、鎮痒、補血作用などがあることから、外燥と内燥の双方において使用することができます。
漢方薬メーカー、クラシエの添付文書には次のように適応症が記載されています。
「体力中等度以下で、冷え症で、皮膚が乾燥するものの次の諸症:湿疹・皮膚炎(分泌物の少ないもの)、かゆみ」。
一般的には、老人性の掻痒(そうよう)に対してよく用いられています。
当帰飲子は、宋の時代、厳用和(げんようわ)が著した「済生方(さいせいほう)」に記載された方剤です。
この書は中国ではその後紛失していますが、日本では、鎌倉時代の宮廷医、惟宗具俊(これむねともとし)の「本草色葉抄(ほんぞういろはしょう)」、僧医、梶原性全(かじわらしょうぜん)の「頓医抄(とんいしょう)」と「万安方(まんあんほう)」、南北朝時代の禅僧、有隣(ゆうりん)の「福田方(ふくでんほう)」安土桃山時代の医学者、曲直瀬道山(まなせどうざん)の「啓迪集(けいてきしゅう)」などにおいて引用されており、中国よりもむしろ日本で多く使用されています。
当帰飲子以外にも、牛車腎気丸や加味帰脾湯など、現在の日本でも多く使われている漢方薬が記載されています。

参考文献

クラシエホームページ
菊池新(2014)『なぜ皮膚はかゆくなるのか』(PHP新書)
辰巳洋(2014)『実用中医学』(源草社)
滝沢健司(2018)『図解・表解 方剤学』(東洋学術出版社)
橋本浩一(2009)『内経気象学』(緑書房)