●梅雨に悪化しやすい病気
梅雨の時期は、気温や気圧が日ごとに大きく変化するため、自律神経系が乱れ、様々な体の不調が起きやすくなります。
また湿度が高いため、汗が蒸発しにくくなることや、カビが繁殖しやすくなるので、これらを原因とした皮膚病にも罹りやすくなります。

●頭痛
頭痛は発症のメカニズムによりいくつかのタイプに分類されていますが、自律神経系が関与するものも少なくありません。
自律神経の影響が大きいと、天気の変化によって痛みがさらに増幅する恐れがあります。
医学博士の佐藤純氏はこれを気象病と呼び、そのメカニズムを次のように説明しています。
気象病を訴える人の血管表面では交感神経が伸長し、痛みを感知する神経とつながることがあり、また痛みを感知する神経に本来あるはずのないアドレナリン受容体が生じることがあります。
アドレナリン受容体は、交感神経の伝達物質であるアドレナリンやノルアドレナリンを受け取る受容体なので、自律神経の興奮が直接痛みを誘発している可能性があるいうのです。
佐藤氏は、このような交感神経の興奮により痛みが生じるメカニズムを「交感神経依存性疼痛」と名づけています。

●めまい
めまいには、耳石器の耳石が三半規管に入り、頭を動かしたりしたときに耳石がその中を動くことにより起る「良性発作性頭位めまい症」や、内耳にリンパ液が溜まる内リンパ水腫を原因とした「メニエール病」のように、原因が特定できるものもありますが、原因不明で天気により症状が悪化する場合は、気象病かもしれません。
内耳が敏感になっているため、気圧の変化を感知し、直進運動や回転運動として脳に情報を伝えていると考えられます。

●アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎は、皮膚が乾燥し、バリア機能が低下しているため、一般的には冬場に多いと考えられていますが、梅雨の時期にも悪化しやすいという特徴があります。
その原因は、梅雨の時期はカビやダニなどが増えるため、これらがアレルゲンとり、アトピー性皮膚炎の症状を悪化させるからです。
もう一つの原因は気圧の変化です。
梅雨の時期は低気圧になることが多いため、気圧の変動が激しくなり交感神経が興奮して、アトピー性皮膚炎の症状が悪化しやすくなると考えられます。

●水虫
水虫は白癬菌というカビの感染を原因とした皮膚病です。
発症すると、かゆみを生じたり、皮膚の皮がめくれたり、角質が肥厚したり、ジュクジュクしたりと、症状は様々です。
白癬菌のついた人の皮膚や物に触れることで感染します。
家族に水虫の人がいる場合は、家族内で感染してしまう可能性が高くなるため注意が必要です。
また白癬菌は湿気を好むため、一日中靴を履いている人などは、リスクが高くなります。
水虫は夏に悪化しやすくなりますが、その一番の理由は暑さで汗をかきやすくなるからではなく、高温多湿となる梅雨の時期に白癬菌の増殖が活発になるからです。

●対策
気圧の変化による交感神経の興奮を抑えるために、普段から規則正しい生活を心掛けて自律神経のバランスを整えましょう。
特に睡眠のリズムが大切ですので、毎日寝る時間と起きる時間を同じにするように心がけましょう。
皮膚病を防ぐためには、湿気を取り除き皮膚を清潔にすることが重要です。
アトピー性皮膚炎の対策としては、こまめに掃除機をかけ、家の中を清潔に保つことが大切です。
また掃除機から出る排気にハウスダストが含まれることもあるので、窓を開けるように心がけましょう。
水虫の対策としては、バスマットやトイレのスリッパを共有しないことです。

 

季節の漢方「湿邪」

東洋医学では、自然界の気候変化を風・寒・暑・湿・燥・熱(火)の6つに分けて、これらを六気と呼んでいます。
六気の働きが強くなり過ぎて健康に支障をきたすようになると、それは六気が六淫(ろくいん)という病邪に変化したからだと考えられます。
湿邪は湿が病邪に変化したもので、日本では梅雨や秋雨の時期に働きが活発になります。
梅雨の時期の湿邪は、熱邪を伴い、湿熱邪になりやすいという特徴があります。
湿邪は陰邪であり、重濁性、粘滞性、下降性、停滞性などの性質を持ちます。
陰邪としての湿邪は、陽気を傷め、気機の流れを阻害し、特に脾を犯します。
脾胃が損傷すると、運化機能が低下し、水湿が内停します。
これによって、食欲不振、嘔気、嘔吐、水様便、お腹の張り、顔や四肢の浮腫などの症状が現れます。
重濁性や粘滞性の性質は、頭重、四肢の重鈍痛、全身の倦怠感、尿混濁、泥状便、帯下、分泌物の多い湿疹などの症状を引き起こします。
また下降性の性質により、下半身に症状が現れやすくなります。
停滞の性質により、邪を取り除くことが容易ではなくなるため、治癒するまでに時間が長くかかります。
湿邪や湿熱邪を原因とした病気を治療する主な漢方薬として、平胃散、五苓散、茵蔯蒿湯、防己黄耆湯などがあります。
平胃散は、胃腸の湿を取り除く漢方薬です。
蒼朮(ソウジュツ)、厚朴(コウボク)、陳皮(チンピ)、大棗(タイソウ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)の6つの生薬から構成されています。
蒼朮は脾の運化機能を回復させ、湿を取り除きます。
厚朴は気の流れを改善し、湿を化し、蒼朮の働きを助けます。
陳皮は胃の気を巡らし、胃腸を整え、湿を取り除きます。生姜と大棗は脾胃を調和させ、甘草は諸薬を調和させます。
医療用医薬品としての平胃散の適応は次の通りです。
「胃がもたれて消化不良の傾向のある次の諸症:急・慢性胃カタル、胃アトニー、消化不良、食欲不振、急・慢性胃炎、胃下垂症、急性腸炎」
五苓散は、胃腸の湿や膀胱の熱を取り除く漢方薬です。
沢瀉(タクシャ)、猪苓(チョレイ)、蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)の5つの生薬から構成されています。
沢瀉は、膀胱の熱を取り除き、水の流れを改善し、湿を取り除きます。
猪苓は、排尿を促し、湿を取り除きます。蒼朮と茯苓は、脾胃を補い、湿を取り除きます。
桂皮は体表の邪気を取り除きます。
医療用医薬品としての五苓散(ツムラ)の適応は次の通りです。
「口渇、尿量減少するものの次の諸症:浮腫、ネフローゼ、二日酔い、急性胃腸カタル、下痢、悪心、嘔吐、めまい、胃内停水、頭痛、尿毒症、暑気あたり、糖尿病」
茵蔯蒿湯(インチンコウトウ)は、茵蔯蒿(インチンコウ)、山梔子(サンシシ)、大黄(ダイオウ)の3つの生薬から構成されています。
茵蔯蒿は、清熱し、湿を取り除きます。
山梔子は、清熱し、湿熱を排泄させます。
大黄は、便秘を改善し、瘀血を取り除きます。
黄疸の治療薬として代表的な方剤ですが、皮膚のかゆみ、湿疹、皮膚炎、じんましん、口内炎などにも用いられます。
適応は次の通りです。
「尿量減少、やや便秘がちで比較的体力のあるものの次の諸症:黄疸、肝硬変症、ネフローゼ、蕁麻疹、口内炎
防己黄耆湯は、特に下半身の湿熱を取り除く漢方薬で、膝の痛みやむくみなどに対して用いられます。
防已(ボウイ)、黄耆(オウギ)、蒼朮(ソウジュツ)、生姜(ショウキョウ)、大棗(タイソウ)、甘草(カンゾウ)の6つの生薬から構成されています。
防已は、湿熱を取り除き、大小便を促します。
黄耆は、利尿を促し、浮腫を取り除きます。
蒼朮は脾の運化機能を回復させ、湿を取り除きます。
生姜と大棗は気を補い脾胃の機能を高めます。
適応は次の通りです。
「色白で筋肉柔らかく水ぶとりの体質で疲れやすく、汗が多く、小便不利で下肢に浮腫を来たし、膝関節の腫痛するものの次の諸症:腎炎、ネフローゼ、妊娠腎、陰嚢水腫、肥満症、関節炎、癰(よう)、癤(せつ)、筋炎、浮腫、皮膚病、多汗症、月経不順」

参考文献
日本頭痛学会ホームページ『国際頭痛分類』
佐藤純(2017)『天気痛』(光文社新書)
高橋正絋(2012)『薬も手術もいらない めまい・メニエール病治療』(角川新書)
高金亮監修(2020)『改訂版 中医基本用語辞典』(東洋学術出版社)
滝沢健司(2018)『図解・表解 方剤学』(東洋学術出版社)
根本幸夫(2016)『漢方294処方 生薬解説』(株式会社じほう)
辰巳洋(2009)『実用中医学』(源草社)