冷えと病気

1月下旬から2月上旬にかけては、1年で一番寒い時期となります。
寒さによる冷えはそれ自体が辛いのはもちろんのこと、様々な病気の原因にもなります。
中には重大な病気もあるので軽視することはできません。

●心筋梗塞

国立循環器病研究センターの研究グループの調査によると、10月から4月頃にかけては心筋梗塞による心停止の発生件数が多くなるそうです。
心筋梗塞は冠動脈が閉塞するために起こります。
気温の低下に対して、人の体は体温を外に逃がさないように血管を収縮させます。
冠動脈が収縮して心臓への血流が滞ると心筋梗塞を起こしやすくなります。
また寒暖差による血圧の急激な変動は心臓の負担を増やすので、やはり心筋梗塞が起きやすくなります。
今後まだしばらくは寒さが続くと思われるので、防寒対策や心筋梗塞の予防が重要になります。
国立循環器病研究センターでは、「冬場に心筋梗塞を予防するための注意すべき10箇条」として次の項目を挙げています。
①冬場は脱衣室と浴室を暖かくしておく。
②風呂の温度は38~40度と低めに設定。熱い湯(42~43度)は血圧が高くなり危険です。
③入浴時間は短めに。
④入浴前後にコップ一杯の水分を補給する。
⑤高齢者や心臓病の方が入浴中は、家族が声を掛けチェック。
⑥入浴前にアルコールは飲まない。
⑦収縮期血圧180mmHg以上または拡張期血圧が110mmHg以上ある場合は入浴を控える。
⑧早朝起床時はコップ一杯の水を補給する。睡眠時の発汗で血液が濃縮しています。
⑨寒い野外に出る時は、防寒着、マフラー、帽子、手袋などを着用し、寒さを調整しましょう。
⑩タバコを吸う方は禁煙をしましょう。

●凍瘡(しもやけ)

心筋梗塞が冠動脈の閉塞を原因としているのに対して、凍瘡は末梢の血流障害や血流鬱滞を原因とした炎症性の皮膚疾患です。
手や足の指などに紅斑や浮腫が見られ、自覚症状として痛みやかゆみを感じることがあります。
手足の冷えは多くの人が経験していることですが、それ自体は体の正常な反応だといえます。
寒いときには、からだの中心部に血液を集めて体温を一定の温度(37度前後)に維持しようとします。
そのため末端である手先や足先にまで血液が行き渡らなくなり、温度が下がるため冷えを強く感じるようになるのです。
正常は反応とはいえ極端に手足の冷えやすい人や、普通の人でも手足の冷えた状態が長く続くことによって凍瘡になるリスクは高まるので放っておいてはいけません。
先述のとおり、体の中心が冷えことで手足の末端が冷えるため、対策としては日常的に体を温める食材(人参、かぼちゃ、ごぼう、玉ねぎなど)を摂取することやシャワーで済まさず入浴すること、外出時は手袋や靴下などによる手足の防寒だけでなく、マフラーを巻くなどして体の中心を冷やさないことが重要です。

●冷えによる様々な病気や不調

冷えは心筋梗塞や凍瘡のような血流障害によるものの他にも、様々な病気や体の不調を引き起こします。
その一つは免疫力の低下によるものです。
人の平熱は36.0~37.0℃といわれていますが、これよりも下がると免疫力が低下し、細菌やウイルスに感染しやすくなります。
風邪や感染症などにかかりやすくなる他、アレルギー性鼻炎や膠原病など免疫に関わる疾患が悪化しやすくなります。
また冷えは自律神経系の乱れも引き起こします。
気温が自律神経系に及ぼす影響としては、特に寒暖差の激しいときが大きくなると考えられます。
自律神経系が乱れると、下痢や便秘、月経不順、不眠、頭痛、疲労感などの不調が起こりやすくなります。

季節の漢方「冷えと寒邪」

東洋医学では、自然界の気候変化を風・寒・暑・湿・燥・熱(火)の6つに分けて、これらを六気と呼んでいます。
六気の働きが強くなり過ぎて健康に支障をきたすようになると、それは六気が六淫(ろくいん)という病邪に変化したからだと考えられます。
冬の寒さによる悪寒、吐き気、下痢、腹痛、手足の冷え、頭痛、関節の痛みなどの症状は、六淫のうち寒邪(かんじゃ)の働きが活発になったことが原因であると考えられます。
寒邪は陽気による温煦(おんく)作用(身体を温める作用)を阻害し、身体の様々な部位に冷えの症状をもたらす他、気血凝滞(きけつぎょうたい)作用(気と血の流れが滞る)による痛みや、収引・収斂(しゅういん・しゅうれん)作用による血管の収縮や筋肉のひきつけなども引き起こします。
四肢の痙攣(けいれん)、咳、喘息、気管支炎、心不全、脳血管疾患などの症状が現れます。
陽気が阻害され、寒邪が体表に侵入すると悪寒が起こり、ここで正気(人体の抵抗力や回復力)と寒邪が争うと発熱を生じます。
さらに表から裏(身体の内部)に入ると、胃腸や腹部、その他身体の各部位に冷えを起こします。
寒邪は陰邪であるため下降する性質があり、特に下半身や腎などを犯しやすいといわれています。
腎の機能が失調すると津液(水)の流れが滞り、むくみや頻尿などを引き起こします。
寒邪は冷えを中心とした症状の他に痛みも引き起こします。
寒邪の凝滞作用により気や血の流れが滞り痛みを生じることを「不通則痛(ふつうそくつう)」といいます。
寒邪が四肢の経脈に停滞すると手足に痛みやしびれを引き起こします。腰部の経脈に停滞すると腰痛が発症します。
寒邪単独では以上のような冷えを中心とした症状が起こりますが、風邪(ふうじゃ)と合わさった場合は風寒邪として表位から侵入しやすくなるので、その場合は感冒などに罹りやすくなります。
寒邪は冬期だけでなく夏期に生じることもあります。
冷たい飲食物を過剰に摂取したり冷房で部屋を冷やし過ぎると、陽気が破られて同様の症状を引き起こします。
寒邪による冷えを主とした病態に対しては、温める作用や陽気を補う作用のある方剤を使用します。
代表的なものとして人参湯(ニンジントウ)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウ)、八味地黄丸(ハチミジオウガン)、真武湯(シンブトウ)などがあります。
人参湯は、お腹や手足の冷えに効果を発揮します。
人参(ニンジン)、乾姜(カンキョウ)、甘草(カンゾウ)、蒼朮(ソウジュツ)の4つの生薬から構成されています。
乾姜は中焦の脾胃を温めて凝滞を取り除きます。
人参は脾胃の運化、昇降の機能を回復させることにより、腹痛や下痢などの症状を改善させます。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、手足の指先の冷えに効果を発揮します。
当帰(トウキ)、桂皮(ケイヒ)、芍薬(シャクヤク)、木通(モクツウ)、細辛(サイシン)、甘草、大棗(タイソウ)の7つの生薬から構成される当帰四逆湯に、呉茱萸(ゴシュユ)と生姜(ショウキョウ)を加えた方剤です。
当帰は血を補い、陽気を巡らし、冷えを解消します。
桂皮や芍薬は当帰の働きを助けます。
木通は、脾胃の寒を取り除き血脈、関節を流通させます。
細辛は、温経散寒の効能により当帰と共に血脈を流通させます。
呉茱萸と生姜は、当帰四逆湯の温経散の効能を強化します。
八味地黄丸は、下半身の冷えや痛み、しびれ、頻尿に効果を発揮します。
地黄(ジオウ)、山茱萸(サンシュユ )、山薬(サンヤク)、沢瀉(タクシャ)、茯苓(ブクリョウ)、牡丹皮(ボタンピ)、桂皮、附子(ブシ)の8つの生薬から構成されています。
附子は陽気を補い、桂皮は温補し経脈を流通させます。
山茱萸と山薬は腎の精血を補います。
沢瀉と茯苓は滞った水を取り除きます。
牡丹皮は血の巡りを改善します。
真武湯は、全身の冷えや疲労倦怠感に効果を発揮します。
茯苓、 芍薬、 蒼朮、生姜、 附子の5つの生薬から構成されています。
附子は腎陽を温め、寒を散らし、痛みを取り除きます。
茯苓と蒼朮は、水の流れを改善させて水湿を取り除きます。

参考文献

国立循環器病研究センターホームページ
ツムラホームページ
滝沢健司(2018)『図解・表解 方剤学』(東洋学術出版社)
辰巳洋(2009)『実用中医学』(源草社)
根本幸夫(2016)『漢方294処方 生薬解説』(株式会社じほう)