今回は、春に多い感染症について取り上げます。

●風しん(三日はしか)
風しんは、風しんウイルスによる急性の発疹性感染症です。
春先から初夏にかけて多くみられます。
主な感染経路は飛沫感染ですが、接触感染や母子感染もあります。
潜伏期間は2~3週間で、発熱、咳、全身の発疹、耳や首の後ろのリンパ節の腫れ、結膜充血などが現れますが、無症状の場合もあります。
まれに血小板減少性紫斑病、脳炎、関節炎などを合併し、重症化することがあります。
妊婦が感染した場合、先天性風しん症候群の子どもが生まれてくる可能性があるといわれています。
かつては数年ごとに流行していましたが、平成6年以降はほとんど見られなくなりました。
しかし平成23年以降、再び流行し、平成25年をピークに低下したものの、平成30年7月下旬頃から再び増加に転じました。
治療は、風しんウイルスに対する薬がないので対症療法となります。
厚生労働省は、予防接種を推奨しており、麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)は、法律に基づいて市区町村が主体となって実施する「定期接種」となっています。
接種期間は、まず1歳から2歳未満で1回接種し、小学校入学前の1年間(5歳から7歳未満)に2回目を接種します。
麻しんが日本において排除状態になったのは、ワクチンのおかげだと説明しています。
一方、ワクチン接種の必要はなく、むしろリスクがあり、慎重に判断すべきという慎重論や否定論もあります。
医学博士の崎谷博征氏によると、麻疹のワクチンは1963年に誕生しましたが(日本では1966年に定期接種開始)、すでにそれ以前に麻しんによる死亡率は激減していたと指摘しています。

●ライノウイルス
ライノウイルスは、いわゆる「鼻かぜ」の原因となるウイルスです。
かぜ症候群の中で最も頻度の高い(30〜50%)ウイルスです。
一年中見られますが、特に春と秋に多く見られるといわれます。
主な感染経路は、感染者の咳やくしゃみによる飛沫を直接吸い込む飛沫感染と、ウイルスが付着したドアノブやタオル等の物を介する接触感染があります。
潜伏期間は1~3日。主な症状は鼻水、鼻づまり、咳などで、比較的軽い症状です。
通常は予後良好ですが、乳幼児や高齢者、気管支喘息患者などの基礎疾患をもつ人などは重症化する場合があります。
治療は、ウイルスそのものを除去する薬がないので対症療法となります。

●A群溶血性レンサ球菌咽頭炎
A群溶血性レンサ球菌咽頭炎とは、A群レンサ球菌による上気道の炎症です。
冬季と春から初夏にかけて多く見られます。
主な感染経路は、飛沫感染や接触感染です。
潜伏期間は2~5日で、突然の発熱とのどの痛みで始まり、のどは赤く腫れ、扁桃腺は膿をもちます。
まれに重症化し、喉や舌、全身に赤い発疹が現れる猩紅熱(しょうこうねつ)に移行することがあります。
治療は、抗菌薬が適用となり、各症状に対しては対症療法が行われます。
A群溶血性レンサ球菌はこの他、かさぶたタイプのとびひである痂皮性膿痂疹の原因菌でもあります。

●ヒトメタニューモウイルス
最近注目されている感染症の一つにヒトメタニューモウイルスというものがあります。
このウイルスは上気道炎や気管支炎、肺炎などの呼吸器感染症を引き起こします。
3~6月に多くみられます。
主な感染経路は、飛沫感染と接触感染です。
潜伏期間は4~6日で、咳や鼻水、発熱などの風邪の症状を呈します。
多くの場合は軽症で済みますが、重症化して気管支炎や肺炎になることもあります。

季節の漢方「春の虚風と風温病」

春に多い感染症は、虚風や風温病という風邪(ふうじゃ)を原因とした疾患と見なすことができます。
風には、季節にあった方角から吹いてくる「実風」と、実風の反対の方向にから吹いてくる風、すなわち季節外れの風である「虚風」があります。
虚風には他に身体の虚に乗じて入るという意味もあります。
春の虚風は西からの風であり、涼燥の性質を持ちます。
気温が低いと寒邪を受けやすくなり、湿度が低いと燥邪の侵入を容易にします。
このように虚風は病邪になりやすく、様々な病を引き起こします。
春の虚風からの寒邪は、傷寒病を引き起こします。
傷寒病は、外邪が身体に侵入して、太陽病→少陽病→陽明病→太陰病→少陰病→厥陰病という順に体の奥深くに入っていきます。
太陽病では、体表部である頭・項背・筋肉・関節・鼻・咽喉に症状が現れます。
治療には表の邪を取り除く解表剤が使用されます。
主な方剤として、桂枝湯や葛根湯、麻黄湯、小青竜湯などがあります。
少陽病では、往来寒熱(悪寒と発熱を繰り返す)や胸脇苦満(肋骨の下あたりの張りや痛み)、口苦などの症状が現れます。
治療には、小柴胡湯、柴胡桂枝湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、柴胡桂枝乾姜湯などが使われます。
陽明病では、胃腸系を中心とした身体の裏部に熱の症状が現れます。
治療には、大承気湯や調胃承気湯、白虎加人参湯などが使われます。
太陰病では、胃腸が冷えて下痢や軟便となるのが特徴です。
治療には、人参湯、桂枝加芍薬湯などの温補剤が使われます。
少陰病では、腎、膀胱中心の冷え、疲れ、横になって寝ていたい状態になります。
体力がないものが風邪を引いた場合、太陽病でなくいきなり少陰病となることがあり「直中の少陰」と呼ばれます。
治療には、真武湯、麻黄細辛附子湯などが使われます。
厥陰病は最も寒が強い状態で、治療には、当帰四逆加呉茱萸生姜湯などが使われます。
3月下旬頃から4月の暖かくなってきた時期に流行するインフルエンザや感冒などは、春の虚風とみなすことができます。
これに対して風しんやロタウイルスなどのように、春から夏にかけて増加する悪寒を伴わないような感染症は、風邪(ふうじゃ)による温病とみなすことができます。
中医基本用語辞典によると、温病とは「四季それぞれの季節において、温熱の邪を感受して引き起こされる各種外感急性熱病の総称である。」と説明されています。
傷寒病が寒邪による疾患であるのに対して、温病は熱邪を原因とします。
症状の特徴としては、傷寒病は悪寒が強く出るのに対して、温病では悪寒は軽く、発熱を呈します。
また初期の病変において、傷寒病は進行が遅いのに対して、温病では急速に変化します。
熱邪によるので、発汗、口渇、咽痛などの症状も起こりやすいという特徴もあります。
春は風邪が盛んになりやすいので、風熱の邪気を原因とした病気が多くみられます。
温病は、葉天士の衛気営血弁証によると、温熱病の進展は、衛分証→気分証→営分証→血分証という順で進行します。
衛分証は「温熱の邪が肌表を侵犯し、肺衛の機能が失調して出現する病証をさす。」と説明されています。
症状として、発熱、微悪寒、頭痛、口渇、せき、のどの痛みなどを呈します。
治療には、銀翹散、桑菊飲、荊芥連翹湯などを用います。
気分証は「温熱の邪が臓腑に内侵した病証をさす。」とされています。
正気と邪気が争うため、陽熱が旺盛となり、発熱、悪寒せずかえって悪熱すると考えられています。
治療には、白虎湯、麻杏甘石湯、桔梗湯などを用います。
営分証は「温熱の邪が心営に内陥し、営陰が損傷し、心神が擾乱して出現する病証を指す。」として、心煩、不眠、意識障害、譫言を言うなどの症状を呈します。
治療には、清営湯、黄連解毒湯、温清飲などを用います。
血分証は「温熱の邪が血分に内陥し、血を耗傷したり動血して出現する病証を指す。」として、高熱、煩躁妄動、発狂、吐血、鼻血、血便、血尿など、営分証よりもさらに重篤になります。
治療には、犀角地黄湯(さいかくじおうとう)などを用います。
但し、犀角はワシントン条約により輸入が禁止されているため、入手が困難のようです。

参考文献
厚生労働省ホームページ『感染症情報』
国立感染症研究所ホームページ
日本小児科学会(2018)『~知っておきたいワクチン情報~ 麻疹・風疹ワクチン』
崎谷博征(2021)『今だから知るべき! ワクチンの真実』(秀和システム)
橋本浩一(2009)『内経気象学』(緑書房)
菅沼栄(2022)『入門・実践 温病学』(源草社)
高金亮監修(2020)『改訂版 中医基本用語辞典』(東洋学術出版社)