五行の「火」は炎を表します。
五臓の「心」は熱をもち、体を温める性質があるので火に属します。
心の働きは、血脈と神志を主ることです。
血脈とは血を全身に届ける心臓のポンプ機能のようなものです。
神志とは精神や意識を正常な状態に保つ機能をいいます。
心が失調すると、動悸、息切れ、胸痛などの循環器系の症状や、不眠、不安、健忘などの精神系の症状も出やすくなります。

血脈

血脈は血を全身に循環させる作用です。
血の流れを調整する機能には肝の疏泄作用もありますが、心の血脈が心臓のポンプ機能そのものであるのに対して、肝の疏泄作用は、自律神経系による血管の収縮や拡張、体温調節機能による循環血液量の調節などというように当てはめて考えれば理解しやすいと思います。

神志

神志は、思考、記憶、意思などの中枢神経系をコントロールしています。
同じ中枢神経系の機能でも、肝が感情や情緒を主る大脳辺縁系であるのに対して、心は思考を主る大脳皮質と当てはめれば理解しやすいでしょう。
心は肝の影響を受けやすく、肝火が上昇して心にも影響を及ぼし心火を発生する心肝火旺や、心と肝の血が虚する心肝血虚という病証があります。
人間の思考が、感情の影響を受けやすいことからも理解できるのではないでしょうか。
心の病理には、心の血が不足する「心血虚」があります。
心血虚になると、不眠、浅眠、イライラ、精神不安などの精神症状を引き起こします。
血の機能には精神の興奮を鎮める「寧静作用」というものがありますから、心血虚とはこの寧静作用が衰えた状態といえます。
精神に関わる物質としては、興奮系の伝達物質のアドレナリンやノルアドレナリン、快楽の伝達物質であるドーパミンなどがあります。
一方、抑制系の伝達物質としては、セロトニンやオキシトシン、GABAなどがあります。
通常はこれらの伝達物質がバランスをとり精神が保たれていますが、バランスが崩れるとうつ病などの精神症状が現れるようになります。
セロトニンやオキシトシン、GABAなどによる精神の興奮を鎮める作用は、寧静作用と見なすことができます。
ですから血が不足する心血虚となると、不眠やイライラなどの精神症状が現れるのです。

精神症状の代表的なものとしてはうつ病があります。
うつ病の原因はセロトニン不足だという、いわゆる「セロトニン仮説」が従来唱えられてきましたが、
セロトニン不足は根本的な原因ではなく、うつ病を発症している際に起きている現象の一つに過ぎません。
ですからセロトニンが不足する原因を取り除かない限りは症状が改善しないのです。
うつ病の原因として有力なものに慢性炎症があります。
慢性炎症は、食べ過ぎによって血液中にコレステロールや糖などの栄養過剰物質が増えることが主な原因です。
過剰なコレステロールや糖はそれぞれ酸化LDL、終末糖化産物(AGE)となり血管を傷つけます。
すると免疫機能が働き、マクロファージがこれらの異物を貪食します。
マクロファージはこのとき活性酸素を放出して異物を除去しますが、活性酸素は少なからず自分の細胞も傷つけてしまいます。
慢性炎症はこれが慢性化した状態ですから、常に活性酸素の攻撃を受けていることになります。
慢性炎症は、動脈硬化や糖尿病、慢性肝炎、慢性胃炎、がん、アトピー性皮膚炎など多くの慢性疾患の原因となっています。
脳内にはグリア細胞というマクロファージと同じような働きをする細胞があるため、うつ病も同じように慢性炎症が関わっている可能性が高いのです。
通常、体内には活性酸素を抑えるSODなどの抗酸化物質や、炎症を抑えるコルチゾールなどがあり体を守っています。

心の血が不足する心血虚とは、セロトニン、オキシトシン、GABAなどの抑制系の伝達物質、SODなどの抗酸化物質、抗ストレスホルモンであるコルチゾールなどが不足している状態と見なすことができます。