花粉症

●花粉症はなぜ増加したのか?

花粉症は1980年頃から増え始めました。
戦後に大量のスギを植林したことがその直接的な原因であることはもちろんですが、ヒトの免疫機能がこの数十年間で変化したことも関わっていると考えられています。
そのことを上手く説明した仮説として「衛生説」と呼ばれるものあります。
それは次のようなものです。
ヒトには一度体内に侵入した病原体の情報を記憶する「免疫記憶」というシステムが備わっており、ヘルパーT細胞という免疫細胞がその中心的な役割を担います。
ヘルパーT細胞にはTh1細胞とTh2細胞があり、どちらの細胞に分化するかは抗原となる病原体の種類によって決まります。
Th1細胞は、細菌やウイルスなどに反応し、 B細胞を活性化させることにより抗体産生を促します。
またキラーT細胞やNK細胞、マクロファージなどを活性化させて細菌やウイルスを貪食します。
一方、Th2細胞は、ダニやカビ、花粉などのアレルゲンに反応します。
ヒトはTh2細胞の働きが優位な状態で生まれてきますが、成長に伴いウイルスや細菌に感染する機会が増えて、Th1細胞の働きが発達し、2つのバランスが保たれるようになります。
昔は農畜産業が盛んで、上下水道も十分に整備されていないなど、今よりも細菌などの微生物に接触する機会が多かったので、常にTh1細胞が増加しやすい環境だったといえるでしょう。
しかし現代では上下水道が整備されるなど微生物と接触する機会が少なくなり、その一方で、大気汚染や食生活の変化などにより、アレルゲン物質との接触機会が増加しました。
そのためTh1細胞への分化が減少し、その分Th2細胞への分化が増加したため、花粉症のようなアレルギー性の疾患が増加したのです。

●症状に個人差があるはなぜ?

衛生説によれば、現代の日本人は共通して花粉症になりやすいといえますが、それでも全く無症状の人もいれば、完全に鼻閉するような重度の症状の人もいます。
この違いはヘルパーT細胞の分化とは異なるメカニズムよると考えられます。
免疫システムとは本来、外部から侵入する異物を攻撃して排除するものですが、花粉のように人体に無害のものや自分自身の細胞を攻撃することがあります。
リウマチやⅠ型糖尿病などの自己免疫疾患と言われる疾患はこのメカニズムにより引き起こされるといわれています。
免疫細胞には、制御性T細胞(Tレグ)という過剰な免疫反応を抑制するものがあります。
このTレグが減少すると、免疫が暴走し、さまざまな病気を引き起こすと言われています。
人によって花粉症を発症する人としない人がいるのは、このTレグが原因の一つだと考えられます。

●腸内環境を改善して花粉症を治す

ヒトの免疫細胞の約70%は腸に存在します。
そのため免疫異常としての花粉症を改善するためには、腸内環境を整えることが効果的です。
それは腸内細菌のバランスを適切に保つということでもあります。
食生活に偏りがある人は、まずそれを改める必要があります。
肉類中心の食事は悪玉菌を増やすため、そのような食生活を続けている人は見直すべきでしょう。
積極的に腸内環境を改善する方法としては、乳酸菌やビフィズス菌などの生きた微生物菌を摂取する「プロバイオティクス」と常在する有用な細菌を増殖させるために、それらの細菌のエサとなるオリゴ糖類や食物繊維類を積極的に摂取する「プレバイオティクス」があります。
プロバイオティクスとしてはヨーグルトが良いとよくいわれますが、乳製品を取り過ぎた場合、脂肪分の過剰摂取となるだけでなく、前立腺がんを増加させるという研究報告もあります。
乳酸菌は、ヨーグルトだけでなく味噌や醤油、漬物、納豆などの発酵食品にも豊富に含まれています。
これらの発酵食品をバランスよく摂取すると良いでしょう。

季節の漢方「花粉症と風邪」

東洋医学では花粉を風邪(ふうじゃ)の一つと考えています。
中国の古典「黄帝内経金匱真言論篇(こうていだいけいきんきしんごんろんへん)」には、春に吹く東風は肝の病を生じ、頭の病が多く、鼻水や鼻血が多いと書かれてています。
春の花粉症は肝の病として、肝鬱気滞、肝気上逆などの証として現れますが、それは肝気を傷り体内に侵入した風邪が熱と化し上昇するからです。
花粉症は鼻の症状だけでなく目の痒みも多く見られますが、目は肝の竅(きょう)であるためやはり肝の病として生じやすいことがいえます。
症状の強さは花粉の飛散量に大きく左右されますが、体質による個人差もかなりあります。
飛散量が少なくても症状が強く出る人もいれば、飛散量が多いのに無症状の人もいます。
また鼻水が出る、鼻が詰まる、或いは目がかゆくなるというように人によって症状が異なるのことも体質の違いだと考えられます。
東洋医学でいう体質とは、五臓(肝、心、脾、肺、腎)における気・血・津液(水)の滞りと考えることができます。
流れが滞った臓器の機能は弱まるのでそこに邪気が侵入しやすくなります。
春の風邪の多くは肝を傷るため肝の病として現れることが多いということは先に述べた通りですが、それ以外の臓器が関わっていることも少なくありません。
花粉症は季節性のアレルギー性鼻炎であり、鼻と深く関わる臓器は肺です。鼻は肺の竅であるため、肺の機能が弱いと風邪の侵入を容易にしてしまい、鼻づまりや鼻水などの症状が出やすくなります。
東洋医学では、鼻水を津液の滞りにより生じる「痰飲(たんいん)」の一種であると見なしています。
痰飲には寒痰と熱痰があり、風寒と結びついた痰飲は寒痰といい、水様の鼻水が特徴です。
風熱と結びついた痰飲は熱痰といい、黄粘の鼻水が特徴です。
副鼻腔炎は主に肺の証と考えられ、花粉症を併発しやすい体質であるといえます。
肺の他には、水の代謝を司る腎との関係も深いといえます。
腎の機能が低下すると、津液が停滞するため痰飲が生じやすくなるからです。
花粉症に主に使用される漢方薬には、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)などがあります。
小青竜湯は、風寒による表証と水飲の内停に用いる方剤です。
半夏(ハンゲ)、 甘草(カンゾウ)、 桂皮(ケイヒ)、 五味子(ゴミシ)、 細辛(サイシン)、 芍薬(シャクヤク)、 麻黄(マオウ)、 乾姜(カンキョウ)の8つの生薬から構成されています。
桂皮と麻黄は辛温解表の作用により体表の風寒の邪気を取り除き、乾姜と細辛は温化水飲の作用により水飲を取り除きます。(※痰飲に対しても同じように考えることができます)
小青竜湯は、特に水様の鼻水の症状を改善します。
葛根湯加川芎辛夷は、葛根(カッコン)、麻黄、桂皮、芍薬、生姜(ショウキョウ)、甘草、大棗(タイソウ)、川芎(センキュウ)、辛夷(シンイ)の9種類の生薬から構成されています。
葛根湯に辛夷と川芎を加えた処方です。
葛根湯は辛温解表作用により体表の風寒の邪気を取り除き、川芎は鬱滞した気を巡らします。
辛夷は鼻閉を取り除きます。
葛根湯加川芎辛夷は、特に鼻づまりの症状を改善します。
荊芥連翹湯は、黄芩(オウゴン)、黄柏(オウバク)、黄連(オウレン)、桔梗(キキョウ)、枳実(キジツ)、荊芥(ケイガイ)、柴胡(サイコ)、山梔子(サンシシ)、地黄(ジオウ)、芍薬、川芎、当帰(トウキ)、薄荷(ハッカ)、白芷(ビャクシ)、防風(ボウフウ)、連翹(レンギョウ)、甘草の17種類の生薬から構成されています。
桔梗と枳実には排膿作用があり、副鼻腔炎を併発しているような症状に特に効果を発揮します。
以上のような花粉症に対する汎用薬以外にも効果が期待できるものはあります。
小青竜湯は主に寒痰に効果を発揮しますが、熱痰の場合は、越婢加朮湯を用いることがあります。
風熱の邪気と水湿の停滞を取り除くことで症状を改善します。
肝気上昇が大きく関わっているなら、風邪や痰飲を取り除く漢方薬に加えて、四逆散などの肝の気の流れを改善する方剤を用いることもあります。
さらに肝熱が強く肝火と化した場合は、黄連解毒湯のような清熱剤なども使われます。

参考文献
滝沢健司(2018)『図解・表解 方剤学』(東洋学術出版社)
橋本浩一(2009)『内経気象学』(緑書房)
淺野周(2021)『全文ふりがな付き・素問 現代語訳』(三和書籍)