季節の病気「自律神経を整えて残暑や新型コロナに打ち勝つ」
① 自律神経と夏バテ
暑さが少しずつ弱まり、段々と過ごしやすくなっていきますが、一方で体調を崩しやすい時期でもあります。
寒暖差により自律神経が乱れやすくなるからです。
人の体は、気温の上昇に対して、血管拡張による熱放散や、汗が蒸発するときの気化熱によって、体温を下げて対処します。
これらの機能をコントロールしているのが自律神経です。
寒暖差が激しいと自律神経に過剰な負荷がかかるため、疲弊し、ついには正常に働かなくなります。
その結果、疲労感、倦怠感、胃腸機能の低下、どうき、息切れ等、様々な症状が現れます。
夏バテも主にこのようなメカニズムよって起こります。
人は気温の変化や、その他の様々なストレスを受けると、交感神経の働きが優位になり、脳を覚醒させ、心機能を亢進し、血圧を上昇させ、ストレスに対処します。
いわゆる戦闘モードになります。
しかしこの状態が長く続くと自律神経は疲弊していきます。
ストレスというと、人間関係や仕事からのストレスなどを思い浮かべがちですが、実はそのように心や身体が不快と感じるものだけではありません。
例えばストレス発散と言って夜お酒を飲みに行ったり、休日は遊びに出かけたりしたときには、例え楽しい時間を過ごしたとしても、体はストレスと感じています。
楽しいこととはいえ度を超せばストレスになるのです。
普段、自律神経は概日リズムによって適切に働くようにコントロールされています。
概日リズムとは体内時計のことです。
人間を含む動植物は、昼と夜の周期にあわせて活動しています。
人の自律神経もこれに合わせて働きます。
交感神経は活動の神経、副交感神経は休息の神経といわれるように、就寝中は副交感神経が優位ですが、朝起きる頃には交感神経の働きが徐々に活発になり、しばらくすると交感神経が優位になります。
夕方頃になると休息に向かって副交感神経の働きが徐々に活発になります。
このように一定のリズムを保っています。
しかし夜更かしをしたり、朝遅くまで寝ていたりと、生活リズムが乱れてしまうと、一定のリズムを保っていた自律神経に乱れが生じます。
夏バテは暑さをきっかけとして起こりますが、生活リズムが不規則な人は、そのリスクがさらに高くなります。
② 自律神経と感染症
交感神経の興奮が続くと、免疫細胞の一つであるリンパ球の働きが低下し、ウィルスに対する抵抗力が弱まるため、風邪などの感染症に罹りやすくなります。
そうならないためには、自律神経を整えて、免疫力を下げないように努めることが大切です。
しかしテレビや雑誌で紹介されている情報の多くは実効性に欠けていると言わざるを得ません。
その一例が免疫力を高める食事です。
健康な人であれば風邪のウィルスに感染しても免疫細胞がウィルスを撃退します。
その機能をさらに高めようとして免疫力を高める(と世間で言われている)食事を取ったとしても、そう簡単にはいきません。
それよりもむしろ免疫力を下げないことに関心を寄せるべきです。
普段、体の不調を感じないときには、免疫が適切に機能しているといえるので、その状態を保つことに注意を払うのです。
免疫力が下がるときは、夜更かしをしたり、休日に羽目を外して遊んだりと、生活リズムが乱れたときです。
そういうときには、自律神経が乱れるので免疫機能が低下します。
もちろん免疫細胞が正常に働いていても、ウィルスに感染し発症することはあります。
しかし、生活リズムを規則正しくして自律神経を整えることでそのリスクを軽減することができます。
もちろん新型コロナウィルスに感染しないためにも同じことが言えます。
季節の漢方「夏バテと脾の不調」
日本の雨季は、夏を挟んで梅雨と秋雨と年に2回訪れますが、古代中国の首都として栄えた洛陽を中心とした地域では、長夏と呼ばれる暑くて湿度の高い時期が夏と秋の間に到来します。
中国の気候は、春=木、夏=火、長夏=土、秋=金、冬=水というように、五行で表すことができます。
長夏の時期には、暑邪や湿邪が体内に入り体調を崩しやすくなります。湿邪は重くて下降しやすく、粘性があり停滞しやすいといった特徴があります。
また湿邪は脾胃を侵しやすいという特徴もあります。
東洋医学では、脾の働きには、運化、昇清、統血があると考えられています。
運化とは、食物から水穀の精微(栄養分)を取り込むことです。
昇清とは、取り込んだ水穀の精微から水穀の気と津液(水)を上焦の肺に上げる機能です。
統血とは、血が血管から漏れるのを防ぐ機能です。
胃の働きは、口から入った水穀(飲食物)を受納・腐熟(消化)し、泥状の化物に変えて小腸へ送ることです。
そのため脾胃の機能が低下すると、気や津液の巡りが悪くなったり、胃の働きが悪くなったりします。
湿邪が脾胃を侵すと、下痢や吐き気、食欲不振、むくみ、重だるさなどの症状が現れます。
このような症状は、脾における気の流れが不足したことによるもので、脾気虚証と呼ばれます。
夏バテの多くはこの脾気虚証だといえます。
夏バテは、夏の暑さがきっかけとなり引き起こされますが、食事バランスの悪い人や生活リズムが不規則な人は、夏バテの発症リスクが高くなります。
中国医学の金元四大家の一人といわれる李東垣(りとうえん)は、1247年に「内外傷弁惑論」を著し、病気の原因は、外邪によるものばかりでなく、内的要因によっても起こり得ると主張しました。
そして内傷の病気に対しては従来の傷寒(急性熱性の疾患)の治療法では効果がないとして、治療法を外傷と内傷に分類しました。
内傷に対する治療としては、特に脾と胃を補うことが重要と考えました。
李東垣はまた、脾と胃の機能が低下すると、様々な病気が生じるとして「脾胃論」を著しました。
治療には脾における気を補う薬を頻用しました。
脾は五臓の土に属し、胃は五腑の土に属すので、李東垣の一派は温補派、補土派などと呼ばれました。
内外傷弁惑論に収載されている補中益気湯は、現代の日本でも頻用されている漢方薬です。
補中益気湯には、中焦の脾胃を補い気力を益すという働きがあります。
また補気剤(気を補う薬)の代表的な薬であることから医王湯とも呼ばれています。
漢方薬メーカーのツムラが販売している「補中益気湯エキス顆粒」の添付文書には次のように効能効果が記載されています。
一般用医薬品:「体力虚弱で元気がなく、胃腸のはたらきが衰えて、疲れやすいものの次の諸症:虚弱体質、疲労倦怠、病後・術後の衰弱、食欲不振、ねあせ、感冒」。
医療用医薬品:「消化機能が衰え、四肢倦怠感著しい虚弱体質者の次の諸症:夏やせ、病後の体力増強、結核症、食欲不振、胃下垂、感冒、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、半身不随、多汗症」。
このように現代においても、胃腸障害や疲労倦怠を中心とした症状、東洋医学でいう脾気虚証に使用されており、これまでの伝統的な使い方を参考にしていることがわかります。
補中益気湯は、人参、白朮、黄耆、当帰、陳皮、大棗、柴胡、甘草、生姜、升麻の10種類の生薬から構成されています。
李東垣が考案した薬は構成する生薬の種類が多く、一つ一つの生薬の量は少ないことが特徴だったといわれています。
一般的に生薬の種類が少なく量が多い薬は即効性があり、逆に種類が多く量が少ない薬は、即効性には欠けるが長く飲み続けることで効果を発揮するといわれます。
急性病に対応した傷寒論の薬が前者の特徴をもっているのに対して、後者の特徴をもつ李東垣が考案した薬は、多くが生活習慣に起因する疾患を治療するものであり、これには体質改善が必要なため、長期間飲み続ける必要があるという主張はよく理解できます。
夏バテしやすい人は、暑さ対策だけでなく、食習慣の改善も必要です。
参考文献
ツムラホームページ
辰巳洋(2014)『実用中医学』(源草社)
平馬直樹・浅川要・辰巳洋監修(2014)『東洋医学の教科書』(ナツメ社)